ADHDの息子は中学校でやっていける?中学受験後に見えた意外な変化

怒涛の中学受験が終了してから、中学校入学まではゲーム三昧の日々でした。
進学する学校から数学や英語の課題と英語の先取りを少ししたくらいで、ほぼ毎日のようにお友達を呼んでゲーム。
まぁ、小学校生活でこういう時間がなかった分、思いっきり友達と満喫?熱中?するのも大事ですしね。
おかげで、小学校6年生の受験期に親子でぶつかりあってきた日々だったので、取っ組み合いモードも、イライラモードも、バトルもなく平穏な毎日を過ごすことができました(笑)
(あぁ、私にも束の間の休息ってことよね…)
小学校から中学校に環境が変わって息子にも変化
私が穏やかになったからか?追われるものがなくなったからか?
息子がかな~り、穏やかになりました。
気持ち悪いくらいに素直(汗)
心のゆとりって大人もそうですけど、子供も現れるんですね。
小学校とは別人のようだった
一番驚いたのは、息子の変化でした。
小学校では、
連絡帳を書かない。
提出物を忘れる。
手紙も持ち帰らない。
私は提出物に大きなクリップを付けたり、ランドセルに張り紙をしたり、本当にいろいろ工夫していました。
ところが…
息子は自分で予定をメモし、提出物を管理し、委員会も忘れずに参加していました。
時間割もそろえ、宿題もやる。
思わず、
わたしどうしちゃったの?
と言いたくなるくらい(笑)
息子に聞くと、
息子中学生なんだからやるよ。自分で行きたかった学校なんだから。
その言葉に、少し成長を感じた瞬間でした。
疑い深い私としては、これまたいつスイッチが切れるかヒヤヒヤですが、調子よく中学校生活がスタートしました。
それでも苦手なことは変わらない
ADHDの特性上、時間の感覚や概念があまりなく、計画をたてての行動が苦手。
要は、気持ちの切り替えができないんです。
特性がなくなるわけではないので、
遅刻をしないか?時間が決まっている電車に乗れるか?
が大きなポイントでした。
しかも入学前に骨折をしてしまい、しばらくは私が駅まで送迎。
「急いでるよ。」
と言いながら、全然急いでいない(笑)。
できることが増えても、苦手な部分は私がフォローしていました。
私の方が毎朝ハラハラだよ…。
学校の教育方針と家庭の関わり
中学校では、
「自立をさせるためにも親が何でも手助けせず、子供たちに失敗させてください」
と、保護者説明会でお話がありました。
「学校から特に家庭に連絡はしません。
解決できない時に連絡します。
それ以外は学校で本人と話し合います。」
という教育方針ということで、もうこれはおまかせするっきゃない!
息子が失敗して学ぶなら、それはそれで本人が考えて行動するだろうと、親としてもどど~んと構えられるようになりました。
発達障害の薬コンサータとインチュニブ
今現在、コンサータとインチュニブという薬を飲んでいますが、夏休みくらいに一度、病院の先生と相談をして量を見直そうかとなりました。
飲み始めて1年近くなるけれど、やめて大丈夫かな?
この先、薬に関してどうなるかわかりませんが、とりあえず今の状態が良いので、現状維持にしています。

とりあえず、「学校生活が楽しい~!」と言っているので、私としても口うるさくならないように、子離れを実行中です。
今振り返ると、この頃は「山」だった
この記事を書いた当時の私は、
「やっと落ち着いた。」
そんな気持ちでいました。
今振り返ると、この頃の息子は調子が良かった時期だったのだと思います。
発達特性がなくなったわけではありませんが、
自分で選んだ学校。
新しい環境。
頑張ろうという気持ち。
そのすべてが、息子とうまく噛み合っていたんだと思います。
だから、自分で動くことができていた。
私は20年の子育てで、
発達特性のある子どもは、「できる」「できない」ではなく、
環境との相性や、その時の心の状態によって、力を発揮できる時期と、動けなくなる時期があることを何度も見てきました。
この頃は、その波の中で「山」にいた時期だったのだと思います。
だから私は今、当時の自分にも伝えたいです。
「この子はちゃんと成長している。」
その成長は一直線ではないけれど、一つひとつの環境の変化や経験が、確実に次につながっていくのだと思います。



